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催眠療法コラム

リストカットしてしまう心理

職業柄、リストカットのような自傷行為をせざるを得ない方たちと数多く接して来ましたが、その多くは、「こうしなければいけない」「こう在らねばならない」という自己規範が強く、本当の気持ち…特に感情との解離が激しい方たちが多いようです。

本心を生きようとすると、監視する自分(これを精神分析の世界では超自我と呼びます)が上から目線で出て来て、自分を非難したり、批判したりするのですね。
これは集団の中でも、独りでいても出て来てしまうものですから、それこそ生きた心地がしないほど辛いものです。

リストカットにはそんな自分を罰する…罪悪感を軽減する役割と、思考優先で薄れてしまった「生きる実感」を取り戻す役割とがあると言われます。

落ち込むと切ってしまい、血を見ると安心してしまう、とおっしゃられる方が多いのですが、血を見ると少し安心するのはそのためです。

きっと「正しい自分」を生きようとし過ぎて、「本当の自分」が悲鳴をあげてしまっているのかも知れませんね。

「本当は助けて欲しい」…。そんな心の本音を言えてしまえば、それだけでも解決の第一歩になるものです。ただ、それを言うのが大変勇気のいる事なのですが。
そうした方は、ぜひ、カウンセリングにお越しいただければと思います。

不安になった時・・・「今、ここ」の私を生きる。とは?

不安感がお強い方は恐らく、「ああなったらどうしよう」「こうなったらどうしよう」と将来に対するマイナスのイメージを描いて、最悪のケースを考えながら、無意識に防衛する心の癖がおありになります。

そんな不確定の選択肢の中で、「覚悟を決める」ということは、その行動を起こした責任を自ら自主的、主体的に取ろうとすることです。

将来起こり得るプラスのこともマイナスのことも、全て引っくるめて、「私が選んだ事」と自分自らが納得出来るかどうかが鍵となります。

将来起こり得ること、外の世界に起こることを全てコントロールすることは誰にも出来ませんが、自らの心の態度を決めて行くことは、努力次第で誰にでも出来ることであることを先ず知って下さい。

そのためには、全て思い描いているマイナスのことは、まだ起きてもいない未来のことや、とうに済んでしまった過去のことであり、「今、ここ」の私が体験していることではないことをしっかり認識する必要があります。

そして「案ずるより産むが易し」という言葉通り、想像の中の体験よりも、実際の現実の体験の方が、より楽なことの方が多いことを頭の片隅に置いておいて下さい。

「そうならないように」生きるのではなく、「そうなったらそうなったでいい」(これを逆説的志向と呼びます)と良い意味での開き直りが少しずつ出来るといいですね。

アイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理

この春、学校をご卒業された方も、多いのではないでしょうか?
まずは、ご卒業、おめでとうございます。
新たに就職されたかたは、慣れない環境で、緊張されているかも知れませんね。

卒業はしたけれど、就職先も決まっておらず、とりあえずバイトを探している。と言う方も多いかも知れませんね。がんばって下さい。

さて、問題となるのが、その就活やバイト探しをする気力が出ないと言う方もおられます。
やらなきゃと思えども、なぜか、腰が重くて行動できない、というように理由が自分でもわからない場合もあるかも知れません。
そうした方の心理を少し、解説してみましょう。

①自我理想が高く、現実の自分との折り合いがつかずに、より理想の職業を探そうとしてしまう。
②潜在的な不安が強いため、とりあえずの世間体を守ろうとするが、社会的責任を負う自信がないので、いざ現実に向かおうとすると回避してしまう。
③何らかの発達障害を抱えており、今までのその生き難さ故に楽な方を選ぼうとしてしまう。
④今までの人生での「拘束感」を嫌い、より自由な人生を求めるがあまり、自分が何をしたいのかどんな人生を生きたいのかをまだ見つけられずに葛藤している。
⑤対人関係での何らかのトラウマ(心的外傷)や葛藤を抱えており、その傷や葛藤に触れないで済む生活を無意識に選んでしまっている。

…などです。

出来得れば、自分自身が自分の問題に気付き、自分なりの主体的な人生を選んで行ければ良いのですが…それを妨げる「何か」がある場合、自分でも無意識の領域に気持ちを閉じ込めてしまい、感じないような状態になってしまいます。

①②④は、自分自身のアイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理です。③⑤の場合、やはりいつかは何らかの治療的な手を打たねばならないかも知れません。


解離性同一性障害について

解離性同一性障害(DID)は、精神病ではなく、神経症の一種と考えられている、かつては多重人格障害と呼ばれていた症状です。

その症状は、
①2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される人格状態の存在(その各々は、環境および自己について知覚し、関わり、思考する比較的持続する独自の様式を持っている)
②これらの同一性または人格状態の少なくとも2つが、反復的に患者の行動を統制する
③重要な個人情報の想起が不能であり、普通のもの忘れで説明が出来ないほど強い
④この障害は、物質(例えばアルコール中毒時のブラックアウト、または混乱した行動など)または他の一般身体疾患(例えば複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない
(DSM-Ⅳより抜粋)
という明確な診断基準を持ちます。

少し難しいお話になってしまいましたが、簡単に言えば、一人の人間の中に複数の人格が存在し、ある人格が体験していることを他の人格が共有出来ないので、自分が言動を起こした形跡はあるのに、その記憶が全くないといったことが日常茶飯事に起きてきてしまう症状です。また人格交代の際に頭痛やめまいが生じるのも、特徴的です。

私も心理臨床の現場で何名かの解離性同一性障害と思われるクライアントさんとお会いして来ましたが、記憶障害と極度の疲労感、自殺・他害が一番の問題となります。

自分が持って帰った記憶のない学校の備品が家にあったり、話したこともない人から親しそうに話し掛けられて困惑したり、中には結婚式の最中に人格交代し、その場から逃げ出してしまったり…といった、周りの人から見れば理解し難い体験をしながら日々を送っています。

本人も誰にも相談出来ずに「少しかわった人」と思われながら過ごす場合が多いのですが、他の主訴、例えば不眠や無気力を契機に心療内科や精神科を受診し、発覚する…といったケースが多いようです。

解離性同一性障害と診断されたクライアントさんは、そのほとんどが幼少期に筆舌にし難い虐待や喪失体験などによる心的外傷(トラウマ)を負っています。言うなればその体験から身を守る為に、無意識に体験から自分を解離させ、「なかったこと」にしてしまっている訳です。

その意味で,周りの方たちが、理解や、支えとなることは、治療上とても重要な鍵を握ります。

解離性同一性障害は、時として年余に渡る治療期間が必要となることもあります。

記憶と催眠


大切なものを無くしてしまった。記憶をさかのぼって、思いださせて欲しい。
辛い思い出を、なくしてしまいたい。

催眠療法に携わっていると、こうした記憶にまつわるご相談が度々ございます。
深い催眠状態に入りますと、記憶をなくすこともできるのですが、正確には、記憶はなくなるのではなく、より深い深層心理に封印されるだけで、なくなってしまうわけではありません。
ですから辛い思い出に関する記憶は、一時的に意識にはのぼってこなくなっても、無意識に精神的ストレスとなって身体に現れたりすることになります。
例えば、自分では辛い気持ちも、ストレスも感じてはいないのに、なぜか夜眠れなくなったり、胃潰瘍になってしまったり。
ですから、「あまり記憶をなくしてしまいたい」というご依頼があっても、はいそうですか、とご希望の通りには出来ないこともございます。

日常において、ちょっとした記憶がなくなってしまう、もしくは思い込みによって記憶が書き換えられてしまうような体験で、生活に様々な影を落としてしまうことで悩まれている方もおられます。

今までそのような体験をされている方と数多く接して来ましたが、ほとんどの場合(器質的な脳の障害を除く)、自我の防衛機制が影響しています。

自我の防衛機制に関する詳しい説明は割愛させて頂きますが、要するに「間違い」や「失敗」を受け入れたくない自分「忘れる」ことで、自尊やこう在るべき自分像を守ろうとする癖がついてしまっている可能性があります。

元来の思い込みの強さと、その自我の防衛機制(否認といいます)が相俟って、記憶障害を引き起こしているのかも知れません。

それを解消して行く為には、先ず自分は思い込みがとても強いので、間違いを起こすことが多々あるという事実を受け入れ、その時その場のリアリティをしっかり感じ取りながら、「今、ここ」を大切に過ごすことを心掛けてみて下さい。
 

精神科と心療内科の違い

厳密には精神科の医師の専門領域は精神科であり、心療内科の医師の専門領域は心療内科という内科ですので、精神科の医師が心療内科を開業することはありません。
例え開業したとしても心療内科の医師になってしまう訳ですね。

元々精神科と心療内科は全く別の専門領域であり、扱う疾病の種類も、精神科はうつ病(現在は気分障害)や統合失調症などの精神病領域、心療内科(かつては神経科)は不安障害や心身症を扱う神経症領域と明確に別れていました。

しかし、時代の流れや価値観の多様化、複雑化により、病態そのもののボーダーが明確でなくなり(神経症としてのうつ状態なのか、遺伝的要素を持つ本態性のうつのような精神病としてのうつなのか等)、両方の専門領域を掛け持つ医師が増えてきたという実情が、患者さんから見れば曖昧さをかもし出す要因の一つになっているのかも知れません。

実際にも、長い間精神科を営んで来た医師やその二世が、時代のニーズに応えるべく心療内科やメンタルクリニックと表に出すケースが増えているようです。

ただ気をつけて頂きたいのは、患者さんのハードルを低くするためだけに名称を変えた医療機関の医師は、心療内科や神経科の領域に関する知識が不足している場合があります(その逆もそうです)。良心的な先生は専門の先生にリファー(紹介)しますが、全て引き受けてしまい、病気を長引かせてしまうケースもあるようです。

当たり前のことですが、全ての医師がオールマイティの知識を持つわけではありません。たいがい、その医師がどんな学会に所属し、どの学会で認定医としての認定を受けているのかが開示されていますから、その辺りを参考にしながら受診する医師や医療機関を決めてみて下さい。

カウンセラーの守秘義務 まずは話せるところだけ、お話下さい。

悩みや相談したい事があってカウンセラーに話をする。でも、辛かった出来事や、人には言えないような内容であることでもあるでしょう。ですから、いくら相手がカウンセラーであったとしても、最初からは全部話せなかったり、良いカウンセラーだなと信頼できてからも「どう受け取られるか分からなかったりする不安」のせいで、話せない事もあるかも知れません。

いずれにせよ、秘密を抱えていらっしゃるご事情がおありでしょう。

カウンセラーという職業は、クライアントの守秘義務という絶対の義務を負っております。

もしカウンセラーがその守秘義務を守れなかった時、あなたはそのカウンセラーを訴えることが出来ます。

とは言え、起こった事実やご自分の内面の真実をさらけ出すことはとても勇気の要ることでしょう。話さなければ先に進まない予感がするでしょうから、尚更葛藤してしまいますよね。無理もありません。

まだカウンセラーの先生との信頼関係が成り立っていないのに、ご自分の真相をお話することには、それなりの危険性が伴います。
その意味で「話さなければいけない」ということは何もありません。

ただ、何回か会って、その先生との信頼関係が成り立ち、「この先生なら話してもいいかな…」というお気持ちになられたなら、少しずつ真実をお話ししていただけたらと思います。


夢分析 夢はあなたの無意識からのメッセージ

夢は精神分析の世界では「無意識に至る王道」と言われるように、その方の無意識(潜在意識)の世界をよく表すことで知られます。
そこで夢を見ることに何らかの意味があることと捉え、その分析をします。

夢を見ることの意味としてよく知られているのは、
①昼間のストレスの無意識的発散の意味
②潜在願望が満たされないことを補完する意味
③無意識が自分(意識)に何かを伝えようとするメッセージ的意味

などがあります。

よく繰り返し同じような夢を見る場合(反復夢といいます)がありますが、③の意味が隠されていると言われます。

また、普段あまり意識されていない潜在的な不安や恐怖がある場合、夢の中にそれが象徴として表されて、「もう一人の私(不安を感じている私)に気づいて!」と訴えて来ることがあります。

夢や無意識は決してそれを見た人の敵ではありませんが、とてもそれを見ることで疲れてしまい、日常に支障をきたすようであれば、一度夢を扱うことの出来る分析家やカウンセラーに相談するのも一つの手です。

分析やカウンセリングが進むに連れて、無意識の世界が変化し、疲れる夢(悪夢)を見なくなることもよく知られています。

嫌な夢を見ることは辛いことですが、どんな夢を見られても、決して夢(無意識)はあなたをいじめようとしている訳ではないこと…ご承知おき下さい。

カウンセラーとの相性 「クライアント中心療法」について

日本におけるカウンセリングと言うと、「クライアント中心療法」という流派のやり方を勉強されたカウンセラーが多いようです。

ご存知の方も多いとは思いますが、カウンセリングは、カール・ロジャースというアメリカの心理学者の先生が、心理療法として提案したことに端を発します。

その技法は「非指示的療法」と呼ばれ、一切クライアントに指示をしたり、解決策を提示しないことを特徴としました。ただただクライアントの話に傾聴し、共感するだけで、その方自身の治癒力で治って行くと考えられていたわけです。

そのロジャース先生も、晩年は、それだけではなかなか解決が難しいケースもあることを認め、「クライアント中心療法」と名前を変えて行くのですが、それでも極力クライアントの自主性や主体性を損ない、依存心を高める恐れのある、指示やアドヴァイスをなるべくしないという立ち位置は変わらなかったと言われます。

そのロジャース先生のカウンセリング技法を学んで、自らの拠り所とされているカウンセラーを「ロジャーリアン」と呼びます。


クライアントさんによっては、「ただ聞いてもらっているだけ」と言う印象で、物足りなく思われる方もおられる様です。
もっと頼りたいのに頼れない…その様な葛藤の中でカウンセリングが進んでしまったとするならば、心療経過が停滞してしまうことも、十分考えられることです。

そのような場合、今までカウンセリングに通われて感じたこと…カウンセラーに対する不信感や、どう気持ちを話して良いか分からなくなったことを、担当のカウンセラーに正直にお話ししてみて下さい。

それをお話ししても受け止めてもらえない場合、率直に言わせて頂くなら、あなたにそのカウンセラーは向いていません。
カウンセラーに合わせるのではなく、あなた自身がカウンセラーを選ぶつもりで、勇気を持って自分に合う先生を見つけましょう。

もっと「解決策」を積極的に考えて欲しい。その様な方には、ナラティブ・セラピーなどの解決志向型のカウンセラーも日本には沢山います。

「日本のカウンセラー=聴くだけ」ではありませんし、「聴くだけでは治らない」わけでもありません。

「聴く力」はカウンセラーによって様々ですし、技法そのものだけでなく、あなたとカウンセラーとの相性の問題もあると思います。

適応障害(Adjustment Disorders)について

適応障害(Adjustment Disorders)には、

①はっきりと確認できるストレス因子に反応して、そのストレス因子の始まりから3ヶ月以内に、情緒面または行動面の症状の出現
②これらの症状や行動は臨床的に著しく、それは以下のどちらかによって裏付けられている
A.そのストレス因子に暴露された時に予想されるものをはるかに超えた苦痛
B.社会的または職業上(学業上)の機能の著しい障害
③症状は死別によるものではない
④そのストレス因子(またはその結果)がひとたび終結すると、症状がさらに6ヶ月以上終結する事はない
(DSM-Ⅳより抜粋)


という明確な診断基準が存在します。

よく、適応障害は子供に遺伝するのですか?と聞かれるのですが、その中に「遺伝的要因を有する」という条件が記載されていませんので、今のところその可能性はないように思われます。
「思われる」という言葉を使わせて頂いたのは、今後遺伝的要因が発見され、診断基準が改定されていく可能性もあるからです。

ただ、医学の診断というものは治療のためにするものであり、決して人を「そういう人」と判断したり、揶揄するためのものではないことをわかっておいて頂きたいと思います。

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