HOME > 催眠療法コラム

催眠療法コラム

大切な方を亡くされた方々に向けてのチャリティーイベントご紹介

予てより所長と交流がある文筆家・織田淳太郎氏がチャリティコンサートに関わっておられるので、その紹介をさせて頂きます。

織田氏はスポーツや精神医療の分野での著作が多く、著書「そしてウツは消えた!」(光文社新書)では所長が監修を勤めました。

コンサートは
「空へ」~会いたくて~大切な人との思い出の歌を一緒に歌いませんか♪ 
との名称で、大切な方を亡くされた方々への癒しを趣旨に開かれるイベントです。
IMG_20190723_0001.jpg

ゲストは東日本大震災のチャリティー楽曲も提供されたシンガーソングライターの陣内大蔵さんです。
陣内大蔵さんのプロフィールはこちら

参加費の内、1,000円が「横浜こどもホスピスプロジェクト」と言うNPO団体に寄付されます。

また、織田氏はご自身大切な人との死別を経験し、その体験を綴ったルポルタージュ作品を出版されました。
体験された方にしかわからない”遺された者”の心の旅の出来事が綴られています。
ご興味のある方はどうぞ。
死が贈り物.jpg

死が贈り物になるとき作品紹介

そわそわして落ち着かないなど焦燥感が強い場合

そわそわして落ち着かない、座ってられない、何か時間に追われているようで焦る気持ちが止められない、リラックス出来ずにいつも何かを繰り返し考えてしまっている、そのために疲れていて眠りたいのに目が冴えてしまったり、、。

そんなご経験はありませんか?
焦燥感が強い、と言う状態なのではないかと察せられます。

何か嫌な事が起きそうな予感がして、落ち着かない、、、そんな場合は不安感が強くなっているのかも知れません。
普段あまり不安を自覚して感じない方は、そんな精神状態が「不安」なのだということがわからない場合もあるようです。


何らかの原因で過度に脳内の活動が活発になりすぎて、神経も休まっていないため、ちょっとした刺激にも過敏に反応してしまい、ますます神経が昂ぶってしまわれているのではないでしょうか?

過度なストレスや悩み事があると言う事なのですが、じっくりその原因を考えて見られるような余裕が持てないので、ただ右往左往してしまう事も多いものです。

健康な人でも、仕事が忙しすぎて、リラックスしてボーっとする時間がなく、徹夜が続いていたり、ノルマなどがあり、焦る気持ちがずっと続いているとかいう事があると、そんな精神状態になるかと思います。

そう言う状態ですと、脳内の活動が活発とは言え、オーバーヒートしているようなものなので、冷静な分析や判断や決定はできません。
どうしたら良いのか判断できないために、解決法も思いつかず、どうしたら良いんだー!という不安や焦りだけが強くなります。
お医者さんに相談して、精神安定薬か睡眠薬など処方してもらい、一時的にでも神経を休ませてあげると良いのではないかと思います。

ただ慢性的にそう言う状態だとすると、もっと深い精神的、神経的な原因があるのかも知れませんね。
例えば女性ですと、ホルモンの影響や若年性更年期障害、及び加齢による更年期障害やその治療のためのお薬の副作用でそのように急に情緒面の変化が見られる事もあります。
また周期的なパターンがあるとしたら、双極性障害(躁うつ病)の可能性も考えられます。

メンタル的なケアも大切ですが、生理的医学的な原因なのでお薬が効きますから、早めに対処して生活の質を保ちましょう。

リストカットをする意味

身近に手首にいつも包帯やリストバンドを巻いている女性がいたりはしませんか?
それはひょっとするとリストカットが習慣になってしまっている人なのかも入れません。
傍から見ると痛々しく、そんなに自分を傷つけないで!と思われるかも知れませんね。
一般的には自殺未遂?かのように思われてしまうリストカット。
本人もなんでリストカットしてしまうのかわからないと言う方もおられるのですが、
今回はそのリストカットをしてしまう心情的な意味合いに関して書いてみます。

臨床の現場でよくお見受けするケースとしては、
●本当の自分を押し殺しながら人に合わせて生きているので、リストカットをした瞬間だけ生きている実感がする
●血が出たり痛みを感じることで、生きることの生々しさを感じ取ることが出来る
●本当の心の痛みを感じたくないから、身体の痛みで代償する…
といったケースが多いようです。

ご本人なりに生きている事の辛さや現実との折り合いを付けるためのバランスを、どうにか取るための手段だったりするのですね。
見ると痛々しいので、もちろん他の手段でどうにかバランスを取って欲しいと率直に思うのですが、
何かしらリストカットするメリットもあったりするわけですから、無闇にその行為だけに対して「止めなさい」とも言えなかったりするものです。
根っこにある生きづらさへのケアが必要です。

また、中には
自分に罰を与える=自らを傷つけることで罪悪感を解消する
と言うような意味合いが無意識的にもある場合もあるようです。

若い女性に多いことをかんがみると、親子関係に元々の問題があるケースが多いように思います。

素直に感情や欲求を感じられなかったりする心理

自分の感情や欲求が頭に浮かんでいるのに体が反対になったり、
自分の感情をおさえてしまい、思う様に出来る事でも失敗する。

心が萎縮している状態だとそのようになりがちです。
心が重いと感じられるかも知れません。

恐らく「自分を出してはいけない」「自分より他人を重んじるべきである」などのスキーマ(考え方の癖)が無意識の中にあり、それに縛られながら生きざるを得ない状態なのでしょう。
フロイトの精神分析的には親などの躾や道徳心、倫理観などが刷り込まれた教えを守ろうとするのが「超自我と」と言います。
自分の快楽や欲求を感じ、その通りにやりたいと思う部分を「エス」と言います。
規律に厳しい超自我と、思い通りにやりたいエスの間で、調整役としてバランスを取ろうとして現実的な行動の判断をするのが「自我」の役目です。
心が重いのは、さまざまなスキーマ(超自我的な構え)に縛られ、感情の流れが滞ってしまっているからでしょうから、先ずは安心して気持ちを表現出来る人間関係が持てるかどうかが鍵になるように思います。
逆に言えば家庭でも安心して思ったことを言えなかったのかも知れませんね。
安心して感情表現する機会が増えてくると、良い循環で益々素直でありのままの感情や欲求が意識の上でも感じられ浮かんでくるものです。

キレそうな時の対処法

日常的に神経が興奮していて、ちょっとした事ですぐにキレてしまうようでは、人間関係にも差し障るでしょうし、なにしろ自分の精神衛生上も良い事ではありません。
キレてしまった後で、とても自己嫌悪になってしまう方もおられるので、悪循環になってしまいます。

かといって、自分ではなかなか制御できなくてお困りの方もおられ、お薬でも飲んだ方が良いのではと質問される事もあるものです。

精神安定剤についてですが、
●神経の興奮を沈め、不安が低くなり、ホッとする作用
●眠くなる作用
●身心の緊張をほぐす作用
があります。
薬の違いによって、それらの効果の強さのバランスが異なるようです。
なので、その薬によってどの薬が自分に合うか、副作用も異なり、一概には言えません。
またお医者さん以外の人が述べるのも、あまり適切とも思えませんので、ぜひお医者さんで、お聞きしてください。
お医者さんでも一発で、合う薬を選ぶのはなかなか難しい様なので、診察の時に様子を伺いながら、違う薬を試していく事もあります。

気持ちを落ち着けたりできれば、ある程度キレる事も減るかと思います。
しかしキレ方の度合いや頻度が強い場合、根本的には、相手への気持ちの伝え方や、自分の考え方、こうあるべき、と言った信念などを見直し、変えていく必要はあるかも知れませんね。
欲求不満を、人にに話すことで、不思議とすっきりするものです。
愚痴などは典型で、とても浄化作用がある大切な発散法です。
愚痴など言ってはいけないと言う観念をお持ちの方もおられたりするのですが、もちろん無理して言う必要はありませんが、けして情けない行為などではありません。
気持ちのバランスを取るためには時には必要だと思います。
話を否定せずに聴いてくれるカウンセラーであれば、尚のこと気持ちがスッキリすると思います。

人に対してキレる要因

駅の構内などで、普段の鬱憤を晴らすようにわざと女性を狙って体当たりして来る男性がいることがネットでも話題になりました。
そこまで酷くないにしても、私も満員電車などで、ちょっと体が押されてぶつかっただけでにらまれてしまうようなことが良くあります。
満員電車なのでお互い様なのですが、にらんでくる人に限ってその人の方が大きなバックやリュックを持っていたりして、自分の方に原因があったりするのですが、自分も悪いとは思わないようです。

今回は「人に対してキレる要因」を考えてみました。
キレてしまう原因は、私の感じでは、
1.自分の欲求や、感情を言葉で相手に伝える事が苦手で、欲求不満になり、積もり積もって爆発してしまう。

2.「言わなくてもわかってくれるのが当たり前」、と言う気持ちが強いが、大抵、相手はわかってなどくれないので、「なんでわからないんだ!!」と怒りが爆発する。

3.普段から、ストレスを発散できていないので、イライラが溜まっており、ついにキレてしまう。

4.躁鬱的な気分の変調があり、躁の時などに、テンションがあがって感情を爆発させてしまう。

5.本当は自分に自信がないので、ちょっと意見が違ったりしただけで、過剰に相手を攻撃して、相手を支配して、自分を守ろうとしてしまう。

6.相手と価値観や考え方に違いがあり、理性的な話し合いでは問題が解決せず、最終的には感情的になり、キレてしまう。

7.性格や脳の機能として、我慢の限界が低く、すぐに満足したい気持ちが強い。

8.逆に、普段色々な事を過剰に我慢して生活しているので、むしろ些細な事の方が「こんな小さな事さえ思い通りにはしてくれないのか!」と怒りが爆発してしまう。

などなど様々な事が背景にあるように思います。このように一言「キレる原因」を考えただけでも、本当に人それぞれだと思います。

身近な人が些細なことでキレてしまうことも良くあることです。
夫婦喧嘩などは大抵が些細な事で始まるものです。
しかし、カウンセリングの中でクライアントさんのお話を聴くと、8のような要因で、普段我慢に我慢を重ねた結果、些細なことであればあるほど「こんなちょっとした事でさえも気遣ってもらえず、もう我慢の限界だ!」とキレてしまわれる事も多いようです。
キレられた方は「何でこんな事で怒るの?おかしいんじゃないの?!」と思われるような場合でも、実際は積もり積もった怒りの積み重ねがあり、その結果爆発しているのですから、キレられた方にも過去からの原因があるわけです。
些細な事と流してしまうのではなく、少し自分の今までのことを振り返って反省してみる必要もあるかも知れませんね。

外で近所の知り合いに出合うのが怖い。集団が怖い。

精神医学的には社会不安症的傾向が高い状態と言えるでしょう。
そのような気持ちになる人は、子供でも大人でも結構多いです。
後で自分ことを何か言われてるのではと不安に思われてしまうようです。
なかなか人に相談しても、そうした恐怖感や不安感は理解してもらえず、お一人で悩んでしまわれる傾向があります。

実際、よく知らない相手の事や、集団になると、他人のことを面白おかしく噂してしまう様な事もあり得るわけですから、あなたがそんな場面を避けたい気持ちを抱くのも、無理のないことかと思います。
ネットでのいじめやSNSなどで炎上騒ぎが起きますが、そうした身も知らない人たちから攻撃を受けてしまったり、そうした社会風潮があるだけでも、不安感は無意識的にも高まってしまう事でしょう。

人一倍感受性が豊かな方や、思春期の、自分と他人の距離感がまだつかめない年頃の方などに、その様な傾向が強いようです。
特に地方の、隣近所がみんな見知った人ばかりだったりすると、余計他人の目を気にして、自由きままに振舞えない環境だったりします。

通常は、成長するにつれ、「私は何もおかしなことはしていない。これが私のやり方・感じ方であって、これで良いのだ」と言うような自信が付いてくると、さほど「人を避けたい」と思わなくなってきたり、「避けたくなるのも無理もないから別に避けたって良い」、と楽に思えるようになって来るものかと思います。

「避けたいなぁ。嫌だなぁ。」という気持ちを抱きつつも、それが素直な気持ちなんだから、それで良いと自分に言い聞かせ、あいさつだけしてさっさとすれ違って済ませられてみることで、段々気持ちが楽になってこられるかと思います。

過去の事の後悔ばかり考えてしまう人へ

過去を全く後悔せずに生きられる人の方が少ないと思います。
その意味では後悔してしまう事も普通です。

ただ過去に囚われ、後悔することだけで一生を生きてしまう人もいますから、それはあまりにも勿体無く思います。

十分後悔しながら、人生の学びや過去を諦めるプロセスを歩めるのならば、今のあなたに大賛成なのですが、過去に囚われ、今の現実を生きることから逃げることに後悔を使ってしまうのであれば、ちょっと考えなければいけないかも知れません。

今、満ち足りた生活が出来ないのは、過去のあのことがあったから、、、。
その様な思いに捕らわれ、先に進めないでいるようであれば要注意です。

過去の事ばかりを悔やむ今を、未来のあなたが悔やむことになりかねませんから…。

ご自分が今どのような意味で過去を後悔しているのか…少しご自分の真の姿と向き合ってみませんか?

自分を大きく見せようとしてしまう心理

自分の能力を、実力以上にあるようにアピールする人達がいます。
自分がしたミスでも人のせいにして、自分は間違っていないと言い、現実を認めようとしない人がいます。

そうした傾向がある方々は自分の理想像が高いのだと思われます。

自己イメージを下げられない人たちは、実は無意識の中に強い劣等感コンプレックスを持つために、自己肥大を起こし、自己愛を守ろうとしているからだと考えられています。

自己矮小と自己肥大の両極を揺れながら、ギリギリのバランスを取っているため、自分が如何に大きいかを表現し続けないと、常に劣等感に苛まされる=自己愛が損なわれる危険性があるわけです。

そのような方たちは、当然関わる他者の評価をどんどん下げて行ってしまいますから、余計無意識にある劣等感コンプレックスを刺激し、頑なに肥大した自己イメージにしがみつこうとしてしまう…という悪循環を招きます。

外からは「変な人」「幼稚な人」にしか見えない彼ら彼女たちも、実は無意識的にはとても苦しんでいる人たちなのです。

年齢がまだ若い中学生などでも同じような傾向が見られることがあります。
中学生がそうなってしまいがちなのは、まだ完全な精神的自立が出来ず、親との一体感から来る万能感を払拭できないことと、「井の中の蛙大海を知らず」の諺の通り、現実の自分を知る機会が少ないことがその大まかな理由です。

しかし、大人になっても現実の自分を認められないとなると、社会の中で生き辛さを抱えたまま生活する事になってしまうので、どこかの時点で認められるようになれたら、その方が楽になれるのではないかと思います。

人を殺す夢の意味する事

何度か夢の分析について書いておりますが、今回は悪夢の中でも「人を殺す夢」についてです。

夢分析とは、見る夢そのものに絶対的な共通の意味を求めるものではありません。
同じ「殺される夢」でも、現実にその方がどんな問題を抱えているか、心理発達上どんなテーマが隠されているかなどによって、人それぞれその意味合いが全く違って来るものです。

例えば同じ「人を殺す夢」を見たとします。

Aさんはいつもニコニコ笑いながら、例え人から傷つけられても、自分の攻撃性を抑圧しながら調和を重んじる生活をしていたとしたら、その抑圧している攻撃性を昇華するために夢の中で人を殺す場面が出て来た可能性があります。

Bさんは依存と自立の葛藤があり、依存の対象を象徴的に殺さないと自立出来ないと無意識に感じていて、親から距離をとる意味でそのような夢を見たのかも知れません。

Cさんは、昨晩見た映画のワンシーンのインパクトが強く、それによって無意識の中にある破壊衝動が刺激されて、人を殺す夢として出て来たのかも知れません。

これはあくまでも例ですが、そのようにその夢を見る人のお話をカウンセリングの中でじっくり聴いて行かないと、その方にとっての真実の意味を見出すことは出来ないのです。
「殺される夢」もまた然りです。

1234567

アーカイブ


24時間相談予約

banner_2.jpg

このページのトップへ