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催眠療法コラム

「気晴らし」に関する、うつ状態とうつ病の違い

うつ状態とうつ病(Depressive Disorder)とは厳密にはかなり違いのある病態です。

うつ病であるなら、かなり心的肉体的エネルギーが枯渇した状態ですから、例え健康な時には楽しめたご旅行でもお勧めは出来ません。相当シンドイ思いをして帰って来られると思います。

うつ病に罹患された方がよく医師から勧められる毎日の散歩でさえも、気分転換が出来ない状態であるならば、ただの苦痛に過ぎないでしょうから、無理に続ければ症状は悪化します。

そもそもうつ病に罹患すると、寝ていてもなかなか安静が保てなく(リラックスして考えないことが出来なく)なりますから、投薬によって強制的にでも休ませなければならなくなるわけです。

しかし軽いうつ状態やうつ病の寛解期であるなら、転地療法が功を奏する場合があります。いわゆる「気分転換」が出来る可能性があるからです。

その場合には、抑うつの原因となる環境から一時的であれ離れることで、かえって心理的肉体的な「安静」が得られるからだと考えられます。

因みに長期の転地療法の場合、日常とは異なった気候や風土に身を置くことで、常同性が崩れ、環境の変化に生理的に適応しようとする力が働いて治癒や癒しに繋がるとされますが、エネルギーレベルが低い時には、その環境の変化そのものがストレスになり、症状が悪化する可能性があるので要注意です。
 


想像力とカウンセリング(後編)


しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと、逆に想像力=イメージする力がとても強い方が多いことに驚かされることがしばしばです。


「仕事の失敗を上司は蔑んで見ているに違いない」
「今相手が目を背けたのは、きっと私が嫌いだからだ」
「私が緊張していることを皆がバカにしている」...


ありとあらゆる想像力を駆使して、神経が過敏になり、疲弊して当所を訪れて来られるのです。

そんな方たちのために、今度は「鈍感力」なる言葉が登場しました。考え過ぎなくていいんだよ、楽に生きましょう...と。

片や「想像力を身に付けなさい」という意見、片や「もっと鈍感になりなさい」という意見...果たしてどちらが意見が正しいのでしょうか?


一見矛盾するこの二つの意見...実は両方ともが正しい意見なのかも知れません。想像力が欠如すれば、対人関係などの社会的な問題が大きくなり、想像力が強過ぎれば、心理的な問題が大きくなる...言わばシーソーのようなものでしょう。


極端に偏らず、その双方の頃合いのを見て行く力、バランスを取る力が、今の時代を生き抜くには必要とされているようです。

あなたの想像力は、今どの辺りにありますか?


想像力とカウンセリング(前編)


【想像力】

 先日TVの報道番組を観ていたら、心理学者の方が次のような印象深いコメントをされていました。


「最近の若い人達は、周りの空気が読めない。人間関係が作れない。それは一言で言えば想像力の欠如である」


時代の流れか、「察する」ことを美徳とする、日本特有の文化が崩れ、確かにその様な一面を持つ方が増えて来たのは事実でしょう。


全体主義から個人主義へと社会全般の価値観が移行して来たことも、その先生のおっしゃる想像力の欠如に繋がっいるのかも知れません。

しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと・・・




つづく


優柔不断な方の心理

優柔不断(=意思決定の困難さ)には大きく分けると次の2つが考えられます。

①自分で物事を決断していく力がまだ育っていない(自我機能が弱い)
②何らかの不安が背景にあり、選択した結果としてのマイナスイメージがいろいろ浮かんで来てしまい、行動に移せない

①は全て家族など周りの人たちに決めてもらって育ってしまった結果、自分で判断し決定する力が育たず、依存性から抜け出せないでいるようなケースです。
②は自分で選んで来たことによる失敗や挫折の経験、または自分自身や他者からの否定、非難される体験などを通して内的に傷ついてしまい、自分で意思決定することが困難になっているケースです。

もちろん、①や②以外の要因があるケースや複合的な要因の優柔不断もあり、それによって対処の仕方も違って来ますから、先ずはご自分の優柔不断の背景に何があるのかに目を向けてみましょう。

もしそれが分からなかったら、信頼の置ける人に自分を詳細に語ることで、自分自身と向き合ってみて下さい。きっとその人はあなたの最高の“鏡”になってくれるはずです。

リストカットしてしまう心理

職業柄、リストカットのような自傷行為をせざるを得ない方たちと数多く接して来ましたが、その多くは、「こうしなければいけない」「こう在らねばならない」という自己規範が強く、本当の気持ち…特に感情との解離が激しい方たちが多いようです。

本心を生きようとすると、監視する自分(これを精神分析の世界では超自我と呼びます)が上から目線で出て来て、自分を非難したり、批判したりするのですね。
これは集団の中でも、独りでいても出て来てしまうものですから、それこそ生きた心地がしないほど辛いものです。

リストカットにはそんな自分を罰する…罪悪感を軽減する役割と、思考優先で薄れてしまった「生きる実感」を取り戻す役割とがあると言われます。

落ち込むと切ってしまい、血を見ると安心してしまう、とおっしゃられる方が多いのですが、血を見ると少し安心するのはそのためです。

きっと「正しい自分」を生きようとし過ぎて、「本当の自分」が悲鳴をあげてしまっているのかも知れませんね。

「本当は助けて欲しい」…。そんな心の本音を言えてしまえば、それだけでも解決の第一歩になるものです。ただ、それを言うのが大変勇気のいる事なのですが。
そうした方は、ぜひ、カウンセリングにお越しいただければと思います。

不安になった時・・・「今、ここ」の私を生きる。とは?

不安感がお強い方は恐らく、「ああなったらどうしよう」「こうなったらどうしよう」と将来に対するマイナスのイメージを描いて、最悪のケースを考えながら、無意識に防衛する心の癖がおありになります。

そんな不確定の選択肢の中で、「覚悟を決める」ということは、その行動を起こした責任を自ら自主的、主体的に取ろうとすることです。

将来起こり得るプラスのこともマイナスのことも、全て引っくるめて、「私が選んだ事」と自分自らが納得出来るかどうかが鍵となります。

将来起こり得ること、外の世界に起こることを全てコントロールすることは誰にも出来ませんが、自らの心の態度を決めて行くことは、努力次第で誰にでも出来ることであることを先ず知って下さい。

そのためには、全て思い描いているマイナスのことは、まだ起きてもいない未来のことや、とうに済んでしまった過去のことであり、「今、ここ」の私が体験していることではないことをしっかり認識する必要があります。

そして「案ずるより産むが易し」という言葉通り、想像の中の体験よりも、実際の現実の体験の方が、より楽なことの方が多いことを頭の片隅に置いておいて下さい。

「そうならないように」生きるのではなく、「そうなったらそうなったでいい」(これを逆説的志向と呼びます)と良い意味での開き直りが少しずつ出来るといいですね。

アイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理

この春、学校をご卒業された方も、多いのではないでしょうか?
まずは、ご卒業、おめでとうございます。
新たに就職されたかたは、慣れない環境で、緊張されているかも知れませんね。

卒業はしたけれど、就職先も決まっておらず、とりあえずバイトを探している。と言う方も多いかも知れませんね。がんばって下さい。

さて、問題となるのが、その就活やバイト探しをする気力が出ないと言う方もおられます。
やらなきゃと思えども、なぜか、腰が重くて行動できない、というように理由が自分でもわからない場合もあるかも知れません。
そうした方の心理を少し、解説してみましょう。

①自我理想が高く、現実の自分との折り合いがつかずに、より理想の職業を探そうとしてしまう。
②潜在的な不安が強いため、とりあえずの世間体を守ろうとするが、社会的責任を負う自信がないので、いざ現実に向かおうとすると回避してしまう。
③何らかの発達障害を抱えており、今までのその生き難さ故に楽な方を選ぼうとしてしまう。
④今までの人生での「拘束感」を嫌い、より自由な人生を求めるがあまり、自分が何をしたいのかどんな人生を生きたいのかをまだ見つけられずに葛藤している。
⑤対人関係での何らかのトラウマ(心的外傷)や葛藤を抱えており、その傷や葛藤に触れないで済む生活を無意識に選んでしまっている。

…などです。

出来得れば、自分自身が自分の問題に気付き、自分なりの主体的な人生を選んで行ければ良いのですが…それを妨げる「何か」がある場合、自分でも無意識の領域に気持ちを閉じ込めてしまい、感じないような状態になってしまいます。

①②④は、自分自身のアイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理です。③⑤の場合、やはりいつかは何らかの治療的な手を打たねばならないかも知れません。


解離性同一性障害について

解離性同一性障害(DID)は、精神病ではなく、神経症の一種と考えられている、かつては多重人格障害と呼ばれていた症状です。

その症状は、
①2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される人格状態の存在(その各々は、環境および自己について知覚し、関わり、思考する比較的持続する独自の様式を持っている)
②これらの同一性または人格状態の少なくとも2つが、反復的に患者の行動を統制する
③重要な個人情報の想起が不能であり、普通のもの忘れで説明が出来ないほど強い
④この障害は、物質(例えばアルコール中毒時のブラックアウト、または混乱した行動など)または他の一般身体疾患(例えば複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない
(DSM-Ⅳより抜粋)
という明確な診断基準を持ちます。

少し難しいお話になってしまいましたが、簡単に言えば、一人の人間の中に複数の人格が存在し、ある人格が体験していることを他の人格が共有出来ないので、自分が言動を起こした形跡はあるのに、その記憶が全くないといったことが日常茶飯事に起きてきてしまう症状です。また人格交代の際に頭痛やめまいが生じるのも、特徴的です。

私も心理臨床の現場で何名かの解離性同一性障害と思われるクライアントさんとお会いして来ましたが、記憶障害と極度の疲労感、自殺・他害が一番の問題となります。

自分が持って帰った記憶のない学校の備品が家にあったり、話したこともない人から親しそうに話し掛けられて困惑したり、中には結婚式の最中に人格交代し、その場から逃げ出してしまったり…といった、周りの人から見れば理解し難い体験をしながら日々を送っています。

本人も誰にも相談出来ずに「少しかわった人」と思われながら過ごす場合が多いのですが、他の主訴、例えば不眠や無気力を契機に心療内科や精神科を受診し、発覚する…といったケースが多いようです。

解離性同一性障害と診断されたクライアントさんは、そのほとんどが幼少期に筆舌にし難い虐待や喪失体験などによる心的外傷(トラウマ)を負っています。言うなればその体験から身を守る為に、無意識に体験から自分を解離させ、「なかったこと」にしてしまっている訳です。

その意味で,周りの方たちが、理解や、支えとなることは、治療上とても重要な鍵を握ります。

解離性同一性障害は、時として年余に渡る治療期間が必要となることもあります。

記憶と催眠


大切なものを無くしてしまった。記憶をさかのぼって、思いださせて欲しい。
辛い思い出を、なくしてしまいたい。

催眠療法に携わっていると、こうした記憶にまつわるご相談が度々ございます。
深い催眠状態に入りますと、記憶をなくすこともできるのですが、正確には、記憶はなくなるのではなく、より深い深層心理に封印されるだけで、なくなってしまうわけではありません。
ですから辛い思い出に関する記憶は、一時的に意識にはのぼってこなくなっても、無意識に精神的ストレスとなって身体に現れたりすることになります。
例えば、自分では辛い気持ちも、ストレスも感じてはいないのに、なぜか夜眠れなくなったり、胃潰瘍になってしまったり。
ですから、「あまり記憶をなくしてしまいたい」というご依頼があっても、はいそうですか、とご希望の通りには出来ないこともございます。

日常において、ちょっとした記憶がなくなってしまう、もしくは思い込みによって記憶が書き換えられてしまうような体験で、生活に様々な影を落としてしまうことで悩まれている方もおられます。

今までそのような体験をされている方と数多く接して来ましたが、ほとんどの場合(器質的な脳の障害を除く)、自我の防衛機制が影響しています。

自我の防衛機制に関する詳しい説明は割愛させて頂きますが、要するに「間違い」や「失敗」を受け入れたくない自分「忘れる」ことで、自尊やこう在るべき自分像を守ろうとする癖がついてしまっている可能性があります。

元来の思い込みの強さと、その自我の防衛機制(否認といいます)が相俟って、記憶障害を引き起こしているのかも知れません。

それを解消して行く為には、先ず自分は思い込みがとても強いので、間違いを起こすことが多々あるという事実を受け入れ、その時その場のリアリティをしっかり感じ取りながら、「今、ここ」を大切に過ごすことを心掛けてみて下さい。
 

精神科と心療内科の違い

厳密には精神科の医師の専門領域は精神科であり、心療内科の医師の専門領域は心療内科という内科ですので、精神科の医師が心療内科を開業することはありません。
例え開業したとしても心療内科の医師になってしまう訳ですね。

元々精神科と心療内科は全く別の専門領域であり、扱う疾病の種類も、精神科はうつ病(現在は気分障害)や統合失調症などの精神病領域、心療内科(かつては神経科)は不安障害や心身症を扱う神経症領域と明確に別れていました。

しかし、時代の流れや価値観の多様化、複雑化により、病態そのもののボーダーが明確でなくなり(神経症としてのうつ状態なのか、遺伝的要素を持つ本態性のうつのような精神病としてのうつなのか等)、両方の専門領域を掛け持つ医師が増えてきたという実情が、患者さんから見れば曖昧さをかもし出す要因の一つになっているのかも知れません。

実際にも、長い間精神科を営んで来た医師やその二世が、時代のニーズに応えるべく心療内科やメンタルクリニックと表に出すケースが増えているようです。

ただ気をつけて頂きたいのは、患者さんのハードルを低くするためだけに名称を変えた医療機関の医師は、心療内科や神経科の領域に関する知識が不足している場合があります(その逆もそうです)。良心的な先生は専門の先生にリファー(紹介)しますが、全て引き受けてしまい、病気を長引かせてしまうケースもあるようです。

当たり前のことですが、全ての医師がオールマイティの知識を持つわけではありません。たいがい、その医師がどんな学会に所属し、どの学会で認定医としての認定を受けているのかが開示されていますから、その辺りを参考にしながら受診する医師や医療機関を決めてみて下さい。

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