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催眠療法コラム 2014年5月アーカイブ

「気晴らし」に関する、うつ状態とうつ病の違い

うつ状態とうつ病(Depressive Disorder)とは厳密にはかなり違いのある病態です。

うつ病であるなら、かなり心的肉体的エネルギーが枯渇した状態ですから、例え健康な時には楽しめたご旅行でもお勧めは出来ません。相当シンドイ思いをして帰って来られると思います。

うつ病に罹患された方がよく医師から勧められる毎日の散歩でさえも、気分転換が出来ない状態であるならば、ただの苦痛に過ぎないでしょうから、無理に続ければ症状は悪化します。

そもそもうつ病に罹患すると、寝ていてもなかなか安静が保てなく(リラックスして考えないことが出来なく)なりますから、投薬によって強制的にでも休ませなければならなくなるわけです。

しかし軽いうつ状態やうつ病の寛解期であるなら、転地療法が功を奏する場合があります。いわゆる「気分転換」が出来る可能性があるからです。

その場合には、抑うつの原因となる環境から一時的であれ離れることで、かえって心理的肉体的な「安静」が得られるからだと考えられます。

因みに長期の転地療法の場合、日常とは異なった気候や風土に身を置くことで、常同性が崩れ、環境の変化に生理的に適応しようとする力が働いて治癒や癒しに繋がるとされますが、エネルギーレベルが低い時には、その環境の変化そのものがストレスになり、症状が悪化する可能性があるので要注意です。
 


想像力とカウンセリング(後編)


しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと、逆に想像力=イメージする力がとても強い方が多いことに驚かされることがしばしばです。


「仕事の失敗を上司は蔑んで見ているに違いない」
「今相手が目を背けたのは、きっと私が嫌いだからだ」
「私が緊張していることを皆がバカにしている」...


ありとあらゆる想像力を駆使して、神経が過敏になり、疲弊して当所を訪れて来られるのです。

そんな方たちのために、今度は「鈍感力」なる言葉が登場しました。考え過ぎなくていいんだよ、楽に生きましょう...と。

片や「想像力を身に付けなさい」という意見、片や「もっと鈍感になりなさい」という意見...果たしてどちらが意見が正しいのでしょうか?


一見矛盾するこの二つの意見...実は両方ともが正しい意見なのかも知れません。想像力が欠如すれば、対人関係などの社会的な問題が大きくなり、想像力が強過ぎれば、心理的な問題が大きくなる...言わばシーソーのようなものでしょう。


極端に偏らず、その双方の頃合いのを見て行く力、バランスを取る力が、今の時代を生き抜くには必要とされているようです。

あなたの想像力は、今どの辺りにありますか?


想像力とカウンセリング(前編)


【想像力】

 先日TVの報道番組を観ていたら、心理学者の方が次のような印象深いコメントをされていました。


「最近の若い人達は、周りの空気が読めない。人間関係が作れない。それは一言で言えば想像力の欠如である」


時代の流れか、「察する」ことを美徳とする、日本特有の文化が崩れ、確かにその様な一面を持つ方が増えて来たのは事実でしょう。


全体主義から個人主義へと社会全般の価値観が移行して来たことも、その先生のおっしゃる想像力の欠如に繋がっいるのかも知れません。

しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと・・・




つづく


優柔不断な方の心理

優柔不断(=意思決定の困難さ)には大きく分けると次の2つが考えられます。

①自分で物事を決断していく力がまだ育っていない(自我機能が弱い)
②何らかの不安が背景にあり、選択した結果としてのマイナスイメージがいろいろ浮かんで来てしまい、行動に移せない

①は全て家族など周りの人たちに決めてもらって育ってしまった結果、自分で判断し決定する力が育たず、依存性から抜け出せないでいるようなケースです。
②は自分で選んで来たことによる失敗や挫折の経験、または自分自身や他者からの否定、非難される体験などを通して内的に傷ついてしまい、自分で意思決定することが困難になっているケースです。

もちろん、①や②以外の要因があるケースや複合的な要因の優柔不断もあり、それによって対処の仕方も違って来ますから、先ずはご自分の優柔不断の背景に何があるのかに目を向けてみましょう。

もしそれが分からなかったら、信頼の置ける人に自分を詳細に語ることで、自分自身と向き合ってみて下さい。きっとその人はあなたの最高の“鏡”になってくれるはずです。

リストカットしてしまう心理

職業柄、リストカットのような自傷行為をせざるを得ない方たちと数多く接して来ましたが、その多くは、「こうしなければいけない」「こう在らねばならない」という自己規範が強く、本当の気持ち…特に感情との解離が激しい方たちが多いようです。

本心を生きようとすると、監視する自分(これを精神分析の世界では超自我と呼びます)が上から目線で出て来て、自分を非難したり、批判したりするのですね。
これは集団の中でも、独りでいても出て来てしまうものですから、それこそ生きた心地がしないほど辛いものです。

リストカットにはそんな自分を罰する…罪悪感を軽減する役割と、思考優先で薄れてしまった「生きる実感」を取り戻す役割とがあると言われます。

落ち込むと切ってしまい、血を見ると安心してしまう、とおっしゃられる方が多いのですが、血を見ると少し安心するのはそのためです。

きっと「正しい自分」を生きようとし過ぎて、「本当の自分」が悲鳴をあげてしまっているのかも知れませんね。

「本当は助けて欲しい」…。そんな心の本音を言えてしまえば、それだけでも解決の第一歩になるものです。ただ、それを言うのが大変勇気のいる事なのですが。
そうした方は、ぜひ、カウンセリングにお越しいただければと思います。

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