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催眠療法コラム

自分が自分でない感覚 離人症

「自分が自分じゃない感覚」…辛いですよね。

この感覚を「離人感」というのですが、多くの場合、他人に見せる自分と本当に感じたり思ったりしている自分との解離(自我の防衛機制の一つ)が激しくなると出て来る症状です。

おどかすわけではありませんが、あまり長い間続くと症状が定着し(離人症といいます)、本当の自分になかなか返れなくなって、もっと辛くなってしまいますから、そのような場合は早く手を打った方が良さそうです。

一番の手立ては、他者からの評価や世間体を気にせず、自分の気持ちに素直でいられるように生活することなのですが、他者から見たあなたが「こういう人」と固定観念で見られていると、なかなかそれを崩して行くのは大変なこととなるものです。

そこで、本音を語れるご家族やご友人に、見栄を張らずに自分の感情や気持ちを伝える練習をすること…それが出来ないのであれば、専門家であるカウンセラーに今の正直な気持ちを伝えて行くことをお勧めします。
 


感情を左右する「投影」という心理状況

例えば、ある鈴の音が気になる人もいれば、気にならない人もいるでしょう。

ではなぜ気になる人と気にならない人とがいるのでしょうか?

心理学では「投影」と呼んでいますが、人それぞれがその鈴の音に、無意識の中にある何かを映し出すことがあります。

例えば、幼い頃に大好きだったお母さんが財布に付けていた鈴の音のイメージが投影されれば、なぜか音を聴くと安心し、逆にいつも苛々しているとても恐いお母さんが付けていた鈴の音のイメージが投影されれば、なぜか嫌な緊張した気持ちになる…といったことです。

また仲の良い方の鳴らす音には何も感じないのに、同じ音をあまり好きでない方が鳴らすと、不快で仕方がない…というのも投影の一例です。

このように無意識が、知らず知らず感情に影響を及ぼし、私達の喜怒哀楽を左右しているのです。


幸せになれる人、なれない人

幸せになれる人は、自分が幸せだと心底思える人です。反対に幸せになれない人は、自分が幸せだとは決して思えない人です。

幸せになれる人は、不幸せもまた私の人生として引き受けます。逆に幸せになれない人は、不幸せの被害者としてその不幸せを引き受けることが出来ません。

幸せになれる人は、自分の心の闇を否定せずに外に曝すことができます。幸せになれない人は自分の心の闇をさらに闇に葬ろうとします。

幸せになれる人は、自分が幸せになる権利があることを知っています。幸せになれない人は、幸せである人を妬んで、自分が不幸であることを自分に証明し続けます。

幸せになれる人は、どんな小さな幸せでも自分自身で見つけ出すことができます。幸せになれない人は、幸せを人や天から与えて欲しいと願い、自ら見つけようとはしません。


「気晴らし」に関する、うつ状態とうつ病の違い

うつ状態とうつ病(Depressive Disorder)とは厳密にはかなり違いのある病態です。

うつ病であるなら、かなり心的肉体的エネルギーが枯渇した状態ですから、例え健康な時には楽しめたご旅行でもお勧めは出来ません。相当シンドイ思いをして帰って来られると思います。

うつ病に罹患された方がよく医師から勧められる毎日の散歩でさえも、気分転換が出来ない状態であるならば、ただの苦痛に過ぎないでしょうから、無理に続ければ症状は悪化します。

そもそもうつ病に罹患すると、寝ていてもなかなか安静が保てなく(リラックスして考えないことが出来なく)なりますから、投薬によって強制的にでも休ませなければならなくなるわけです。

しかし軽いうつ状態やうつ病の寛解期であるなら、転地療法が功を奏する場合があります。いわゆる「気分転換」が出来る可能性があるからです。

その場合には、抑うつの原因となる環境から一時的であれ離れることで、かえって心理的肉体的な「安静」が得られるからだと考えられます。

因みに長期の転地療法の場合、日常とは異なった気候や風土に身を置くことで、常同性が崩れ、環境の変化に生理的に適応しようとする力が働いて治癒や癒しに繋がるとされますが、エネルギーレベルが低い時には、その環境の変化そのものがストレスになり、症状が悪化する可能性があるので要注意です。
 


想像力とカウンセリング(後編)


しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと、逆に想像力=イメージする力がとても強い方が多いことに驚かされることがしばしばです。


「仕事の失敗を上司は蔑んで見ているに違いない」
「今相手が目を背けたのは、きっと私が嫌いだからだ」
「私が緊張していることを皆がバカにしている」...


ありとあらゆる想像力を駆使して、神経が過敏になり、疲弊して当所を訪れて来られるのです。

そんな方たちのために、今度は「鈍感力」なる言葉が登場しました。考え過ぎなくていいんだよ、楽に生きましょう...と。

片や「想像力を身に付けなさい」という意見、片や「もっと鈍感になりなさい」という意見...果たしてどちらが意見が正しいのでしょうか?


一見矛盾するこの二つの意見...実は両方ともが正しい意見なのかも知れません。想像力が欠如すれば、対人関係などの社会的な問題が大きくなり、想像力が強過ぎれば、心理的な問題が大きくなる...言わばシーソーのようなものでしょう。


極端に偏らず、その双方の頃合いのを見て行く力、バランスを取る力が、今の時代を生き抜くには必要とされているようです。

あなたの想像力は、今どの辺りにありますか?


想像力とカウンセリング(前編)


【想像力】

 先日TVの報道番組を観ていたら、心理学者の方が次のような印象深いコメントをされていました。


「最近の若い人達は、周りの空気が読めない。人間関係が作れない。それは一言で言えば想像力の欠如である」


時代の流れか、「察する」ことを美徳とする、日本特有の文化が崩れ、確かにその様な一面を持つ方が増えて来たのは事実でしょう。


全体主義から個人主義へと社会全般の価値観が移行して来たことも、その先生のおっしゃる想像力の欠如に繋がっいるのかも知れません。

しかしながら、日々クライアントさんとの面接を重ねて行くと・・・




つづく


優柔不断な方の心理

優柔不断(=意思決定の困難さ)には大きく分けると次の2つが考えられます。

①自分で物事を決断していく力がまだ育っていない(自我機能が弱い)
②何らかの不安が背景にあり、選択した結果としてのマイナスイメージがいろいろ浮かんで来てしまい、行動に移せない

①は全て家族など周りの人たちに決めてもらって育ってしまった結果、自分で判断し決定する力が育たず、依存性から抜け出せないでいるようなケースです。
②は自分で選んで来たことによる失敗や挫折の経験、または自分自身や他者からの否定、非難される体験などを通して内的に傷ついてしまい、自分で意思決定することが困難になっているケースです。

もちろん、①や②以外の要因があるケースや複合的な要因の優柔不断もあり、それによって対処の仕方も違って来ますから、先ずはご自分の優柔不断の背景に何があるのかに目を向けてみましょう。

もしそれが分からなかったら、信頼の置ける人に自分を詳細に語ることで、自分自身と向き合ってみて下さい。きっとその人はあなたの最高の“鏡”になってくれるはずです。

リストカットしてしまう心理

職業柄、リストカットのような自傷行為をせざるを得ない方たちと数多く接して来ましたが、その多くは、「こうしなければいけない」「こう在らねばならない」という自己規範が強く、本当の気持ち…特に感情との解離が激しい方たちが多いようです。

本心を生きようとすると、監視する自分(これを精神分析の世界では超自我と呼びます)が上から目線で出て来て、自分を非難したり、批判したりするのですね。
これは集団の中でも、独りでいても出て来てしまうものですから、それこそ生きた心地がしないほど辛いものです。

リストカットにはそんな自分を罰する…罪悪感を軽減する役割と、思考優先で薄れてしまった「生きる実感」を取り戻す役割とがあると言われます。

落ち込むと切ってしまい、血を見ると安心してしまう、とおっしゃられる方が多いのですが、血を見ると少し安心するのはそのためです。

きっと「正しい自分」を生きようとし過ぎて、「本当の自分」が悲鳴をあげてしまっているのかも知れませんね。

「本当は助けて欲しい」…。そんな心の本音を言えてしまえば、それだけでも解決の第一歩になるものです。ただ、それを言うのが大変勇気のいる事なのですが。
そうした方は、ぜひ、カウンセリングにお越しいただければと思います。

不安になった時・・・「今、ここ」の私を生きる。とは?

不安感がお強い方は恐らく、「ああなったらどうしよう」「こうなったらどうしよう」と将来に対するマイナスのイメージを描いて、最悪のケースを考えながら、無意識に防衛する心の癖がおありになります。

そんな不確定の選択肢の中で、「覚悟を決める」ということは、その行動を起こした責任を自ら自主的、主体的に取ろうとすることです。

将来起こり得るプラスのこともマイナスのことも、全て引っくるめて、「私が選んだ事」と自分自らが納得出来るかどうかが鍵となります。

将来起こり得ること、外の世界に起こることを全てコントロールすることは誰にも出来ませんが、自らの心の態度を決めて行くことは、努力次第で誰にでも出来ることであることを先ず知って下さい。

そのためには、全て思い描いているマイナスのことは、まだ起きてもいない未来のことや、とうに済んでしまった過去のことであり、「今、ここ」の私が体験していることではないことをしっかり認識する必要があります。

そして「案ずるより産むが易し」という言葉通り、想像の中の体験よりも、実際の現実の体験の方が、より楽なことの方が多いことを頭の片隅に置いておいて下さい。

「そうならないように」生きるのではなく、「そうなったらそうなったでいい」(これを逆説的志向と呼びます)と良い意味での開き直りが少しずつ出来るといいですね。

アイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理

この春、学校をご卒業された方も、多いのではないでしょうか?
まずは、ご卒業、おめでとうございます。
新たに就職されたかたは、慣れない環境で、緊張されているかも知れませんね。

卒業はしたけれど、就職先も決まっておらず、とりあえずバイトを探している。と言う方も多いかも知れませんね。がんばって下さい。

さて、問題となるのが、その就活やバイト探しをする気力が出ないと言う方もおられます。
やらなきゃと思えども、なぜか、腰が重くて行動できない、というように理由が自分でもわからない場合もあるかも知れません。
そうした方の心理を少し、解説してみましょう。

①自我理想が高く、現実の自分との折り合いがつかずに、より理想の職業を探そうとしてしまう。
②潜在的な不安が強いため、とりあえずの世間体を守ろうとするが、社会的責任を負う自信がないので、いざ現実に向かおうとすると回避してしまう。
③何らかの発達障害を抱えており、今までのその生き難さ故に楽な方を選ぼうとしてしまう。
④今までの人生での「拘束感」を嫌い、より自由な人生を求めるがあまり、自分が何をしたいのかどんな人生を生きたいのかをまだ見つけられずに葛藤している。
⑤対人関係での何らかのトラウマ(心的外傷)や葛藤を抱えており、その傷や葛藤に触れないで済む生活を無意識に選んでしまっている。

…などです。

出来得れば、自分自身が自分の問題に気付き、自分なりの主体的な人生を選んで行ければ良いのですが…それを妨げる「何か」がある場合、自分でも無意識の領域に気持ちを閉じ込めてしまい、感じないような状態になってしまいます。

①②④は、自分自身のアイデンティティを確立できずにモラトリアム状態を過ごしてしまう人の心理です。③⑤の場合、やはりいつかは何らかの治療的な手を打たねばならないかも知れません。


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